指導を受ける女性たち
戦後間もない1945年、学院の前身となる洋裁塾が、登戸の本庁内に開設されました。1948年には高尾駅(当時浅川駅)近くに浅川ドレスメーカー女学院を、1951年には再び登戸に戻り、登戸ドレスメーカー女学院を開校しました。
「裁縫の技術だけでなく、女性を自立させたい」。創設者伊藤染子の精神は今も引き継がれ、これまでに同学院で巣立った教え子は今では6千人にも及んでいます。
昭和23年7月 浅川ドレスメーカー女学院開校 |
昭和26年2月 現在地に登戸ドレスメーカー女学院、新築開校 |
昭和26年6月 私立学校法に基づき、神奈川県各種学校となる。 |
昭和41年4月 2代目理事長就任 |
昭和53年2月 永年勤続賞を神奈川県長州知事より受賞 |
昭和56年11月 服飾教育文化賞を全国服飾学校教会より受賞 |
平成18年2月 川崎市区画整理の為、仮校舎に移転 |
平成20年11月 新校舎完成・移転(アトラスタワー2F) |